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第53回 (2018年10月10日)

 今年は明治維新から150年。資源小国の日本が先進国の仲間入りを果たした要因の一つに、「有為な人材の育成」があったことを否定する人は少ないだろう。

 明治・大正期に活躍した思想家・教育家に杉浦重剛という人物がいた。杉浦が私塾を主宰していたときの逸話を、作家の小島直記が『人材水脈』(中公文庫)で活写している。

 門下生の江見水蔭がある日、色街で泥酔した揚句、一部始終を新聞にすっぱ抜かれた。塾生は激怒し「即時退塾処分を」と申し出ると、杉浦は「君たちはあの江見に比べて品行方正、学業優等だからどこへ放り出しても何とかなる。しかし、江見は、ここにおいてもあのような不始末なやつだ。いまここを出してしまえば、どんな悪党になるかもしれん。もし君たちが不服なら、君たちに出てもらうより外はない」。一同、慈心に打たれたという。

 この逸話で思い出したのは、日大アメリカンフットボール部選手の悪質タックル問題だ。非難の矛先は選手でなく、首脳陣に向けられた。選手が単独会見に臨んだ一方、元監督や元コーチ、学長は自己弁護に追われた。驚愕すべきは、大学の運営トップが黙して語らず、責任回避に終始したことだろう。真相究明に動いたのは同部の仲間たちだった。

 よき師とのめぐり逢いは、奇蹟的なことかもしれない。米作家・詩人のラルフ・エマーソンも「金を払う相手は先生だが、自分の息子を教育してくれたのは生徒たちだ」との言葉を残している。

(あべな)

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