第334回 (2026年2月11日)
最後にCDを購入したのがいつか、もはや思い出せない。映画館へ足を運ぶ機会も、年に一度あるかどうかだ。音楽や映画と最も濃密に向き合っていたのは、三十年以上前の中学から高校時代だった。当時は地元にシネコンなどなく、映画館といえば二本立て上映が多く、今のような観客の入れ替え制も皆無だった。限られた小遣いをやりくりして手に入れた一枚のCDを、繰り返し聴くことで作品と時間を共有していたあの頃が懐かしい。
しかし、現在は様変わりした。音楽はYouTubeで事足り、映画も「ファスト映画」的な要約動画で十分だと感じる。時間効率は劇的に向上し、支出も抑えられるようになった。一方、書籍は値上がりが続き、文庫本ですら千円を超えるものが珍しくない。単行本との価格差が縮まったことで、かつて文庫に感じていたお得感は薄れ、情報や娯楽は低コストで効率良く「消費」するものへと変質した。
一方で、私が取材する原油市場のレポートは、読者から対価を頂戴する有料情報である。単なる価格や需給データなら無料でも手に入る。だからこそ、単なる事実の整理だけでは有料の価値に届かないという危機感がある。背景の文脈や市場参加者の思惑、数字に表れない空気感。それらをどう掬い取り、判断の材料として差し出すべきか。「タイパ」と要約の時代にあえて手間をかけ、情報の奥行きをいかに残すか。その正解のない試行錯誤の連続にこそ、情報の対価が宿るのではないかと考えている。
(小屋敷)

