記者の眼記者の眼

第88回 (2020年3月4日)

 

 私にはもうひとつの故郷がある。うららかな春光降り注ぐ江戸川の土手に咲き誇るサクラ、おいちゃん、おばちゃんが素手でこねくり回して作る草団子、資金繰りに汲々の印刷工場のタコ社長、夕暮れ時に源公が嫌々打ち鳴らす鐘の音、そして盆と正月に帰省し騒動を巻き起こすフウテンの伯父さん。「私、帝釈天で産湯を使っちゃいないが、葛飾柴又は我が心の故郷なり」と言い張る寅さんファンは多いはず。

 

 主役の渥美清が亡くなったのが1996年、寅さん第49作の公開が97年、日本がデフレに突入したのが98年。あれから20年以上経過したが、未だデフレ脱却を果たせず、97年に630万円だった一世帯当たりの平均所得は現在、520万円台にまで減少した。日本の貧困率は今や先進国で最悪水準にあり、労働者の約40%を非正規雇用が占め、と見事なまでの転落ぶり。

 

 つまり、寅さんの劇中で描かれたお茶の間の一家団欒がこの国から多く消滅し、人々が映画館で寅さんを鑑賞し笑い合えた中流の経済的、精神的ゆとり、国民の紐帯が大きく毀損されたのだ。年初に都内で第50作を観た帰り道、「寅さんがこの国に愛想尽かして、姿を消すのも当然か」と私は独り言ちた。

 

 一方、昨年から今年にかけて公開された「ジョーカー」、「家族を想うとき」、そして先般アカデミー賞に輝いた「パラサイト」はいずれも格差社会の悲惨さを徹底的に描いた。令和の日本は果たして寅さんが帰ってくるのか、それともジョーカーが跋扈するのか。

  

(小屋敷)

 

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