記者の眼記者の眼

第297回 (2025年5月21日)

 地下鉄に乗ったある日、20代と思しき女性が赤ん坊を胸に抱いて座っていた。生後78カ月ほどのその子は、母親の顔をじっと見つめ、小さな声を上げて注意を引こうとしていた。だが母親はスマホに夢中で、耳にはワイヤレスイヤホン。子どもの視線には気づかず、画面の世界に深く没入していた。

 

 こうした光景は、もはや珍しくない。スマホは生活のあらゆる場面に入り込み、親子の時間さえも静かに侵食している。だが、赤ん坊にとって母親と「見つめ合うこと」は、単なるしぐさではない。視線のやりとりは、安心感や自己肯定感を育てる大切な対話であり、発育の要となる時間のはずだ。

 

 その瞬間に母親の眼差しがなければ、赤ん坊は「自分は見られていない」と感じてしまうかもしれない。それは小さな心に目に見えない「空白」を残し、やがて親子関係に静かな影を落とすことになる、と危惧してしまう。成長し、思春期を迎え、母親がようやく子どもと向き合おうとしたとき、その子は親との対話を拒み、母親の視線を避けるようになるかもしれない。

 

 筆者は原油市場を取材する記者だが、日々の生活の中で時折、ふと立ち止まり考えさせられることがある。社会を揺るがすような大きな出来事でなくても、電車内の何気ない風景に、時代の本質が垣間見えることがある。電車内で目にした母子の姿は、今という時代の空気を映し出すと同時に、私たちが向かいつつある未来のかたちを静かに示していたように思えてならない。

 

  

(小屋敷)

 

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