記者の眼記者の眼

第93回 (2020年5月13日)

 新型コロナが蔓延する今だったら「密接」と敬遠される距離だった。某大学の受験での隣席の受験生との間隔だ。日本史の試験終了間際、見直しまで終えふと目をやると、その受験生の答案が一カ所だけ空欄になっているのが見えた。答えが出てこず苦しそうだ。私は空欄に入るのがフェートン号事件の引責で切腹した長崎奉行「松平康秀」だと確信していた。

 

 都々逸風にそのときの心境を語ればこうだ。「見せろと言われ 見せはしまいが あえて隠すは 粋でない」。見ようと思えば見える位置に自分の答案を晒し机に突っ伏した。答案回収のドサクサの中、空欄が「松平康秀」で埋まっているのを見逃さなかった。「見えたからには 書かせておくれ 知って書かずじゃ 味気ない」か。

 

 どことなく記者のやりとりに似ていなくもない。ときに守秘義務のある相手が危険を冒して情報を明かしてくれるのは、私とあなただけの密接空間で「あえて隠すは 粋でない」という意識が働いている場合がある。密接はウイルスだけでなく、情報の伝達も容易にする。しばしば酒杯を交わしながらの密接が記者の仕事を支えていることはこんなときこそ忘れてはなるまい。

 

 ところで、情報の伝わり易さは誤情報の伝わり易さでもある。冒頭の問題の答えを試験終了後に確認して愕然とした。正答は「松平康英」。「ヒデ」違いの陳腐な誤答に隣の受験生を巻き込んでしまったのは申し訳ないが、複数の情報源からの裏取りが大切だという教訓にしたい。

 

(須藤)

 

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