記者の眼記者の眼

第103回 (2020年9月30日)

 ビルとビルの間を渡した1本のロープの上を命綱なしでひとりの男が歩いている。男は風にあおられ一時立ち止まった後、バランスを崩し落下した。世界的な軽業師、カール・ワレンダの最期である。1978年の出来事だ。地元テレビ局がこの様子を撮影しており、今もインターネット上に動画が残る。みるたびに震え上がる。

 

 2011年。ニック・ワレンダは曽祖父のカール・ワレンダが命を落としたのと同じ場所で綱渡りを成功させた。ニックはナイアガラの滝、グランドキャニオンなど世界各地で前人未到の綱渡りを行っている。「人々が不可能だと思うことに挑戦することに、喜びを感じています」とは、新たな綱渡りに挑む際の本人の弁だ。

 

 2020年。コロナ禍でテレワークが定着し、筆者もノートパソコン、携帯電話を使い在宅で取材、記事作成をしているが、ふと「この体制は綱渡りかも」と思うときがある。パソコン、携帯電話が突然壊れたら?ネット回線が切断されたら?業務が続行不能になる。「いま故障したら終わりだ」。特に締め切り時刻間際、この不安が脳裏をよぎる。

 

 ワレンダ家は代々命綱なしでの綱渡りに拘る。常に不可能へ挑戦する姿勢は見習いたいが、筆者は綱渡り状態で仕事を続け、有事の際業務不可能に陥るのを楽しめるような器ではない。震えるのは動画視聴で十分だ。思えば、我が家には妻の携帯電話とパソコンがあった。万一に備え、まずは率先して家事をこなし、妻の機嫌を取っておくことにする。

  

(西江)

 

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