記者の眼記者の眼

第337回 (2026年3月2日)

 「怒り」がマネジメントの対象になって久しい。衝動的な言動を誘発し周囲の人との関係を破壊したり、冷静さを奪い正確で合理的な判断を阻害する元凶とみなされている。「6秒数える」、「その場から離れる」、「水を飲む」など怒りを暴発させない対処法がネット上でごまんと紹介されている。

 

 そんな世相とあって、怒りを露わにするのが難しくなってきた。「自制の利かない危ない人」、「キャパの小さい無能な人」、「他人を尊重できない独善的な人」などと周りからみられているように感じるからだ。同じことを意識してか、激高する人が以前より少なくなった気がする。怒りの感情そのものが薄らいだかのようだ。

 

 他方、怒りは文学上で数々の名場面を生んできた。『金色夜叉』の貫一は、懸命な説得にも態度を改めようとしない宮に対し「腸の腐った女!」と罵り弱腰に蹴りを入れた。『檸檬』の私は知識や借金の象徴である丸善の一角に色彩豊かな画集を積み上げ、その頂に檸檬を据えて立ち去った。無二の親友の信頼を裏切りかけたメロスは「少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った」。『糞尿譚』の彦太郎は、社会の不条理に耐えかね、狂気の如く糞尿を撒き散らした。

  

 醜悪で奇怪で直情で時に不潔な怒りは、しかし、それでいて愛や生命力に溢れている。だからか。即物的で冷淡な市場から離れ、しばしば人の怒りに触れたくなるのは。全くの偶然だが、『怒りの葡萄』を読んでいる。いや、必然か。

 

(須藤)

 

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